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トラオアーの肖像
大きなキャンバスに絵具をぺたぺた塗る作業中、ふと懐かしい思い出が頭を過った。それは高校時代の、人生のピークだったんじゃないかなと思えるほどに楽しい思い出の一部。ぼくは一旦筆を机に起き、目を閉じて瞼の下で思い出す。
「聡くん、絵のコンクールで優秀賞貰ったみたいだね。今朝新聞で見たよ、おめでとう」
陽気な黄色い日差しが、きみの笑顔を柔らかく見せた。自意識の高いきみが、時々ぼくを褒めてみせたことを忘れられなくて、その結果ぼくは今もずっとずっと心を痛めている。
きみがいなくなってから、ぼくは絵を快く人に見せられなくなってしまったんだよ。ブラウの濁りのない、シュヴァルツの深い闇、まるで夜空のように美しいきみを、心のどこかでずっと想っているからね。だから暖色の淡い風景画は、いつしか青黒くどろりとした色のない絵の具で、きみしか描けなくなってしまったんだと思う。色鮮やかな両手も、こんなに真っ黒になって心を映したようだよ。ぼくは、どうしたらこの哀しみから抜け出せるのかな。この気持ちを呑んだら、口角の小さな隙間からため息がこぼれた。
「えへへ…褒めてくれたの、キリくんが一番だよ。嬉しい、ありがとう」
きみの笑顔は容易く思い出せるのに、過去のぼくの顔は全く想像がつかない。笑いかたを忘れてしまったみたいだ。
忘れてしまえばいいよ。君は才能に溢れた子だから、それぐらい簡単だろう。 と空想の中できみが微笑んだ。
(けれど、臆病なぼくは自分で描いたきみすらも捨てられない)
死んだ人間(キリア)を請う画家(聡)のお話。
死んだというか、行方不明というか。
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